くま美術史

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ストレートなだけじゃ伝わらない。恋心も、戦争の悲惨さも【1日1品】

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フィ、フィ、フィックション!!

失礼、くしゃみです。


本日も「Power 100」にランクインしたアーティストの作品を。

 

彼の名は WALID RAAD(ワリッド・ラード)。

1967年にレバノンで生まれ、ニューヨークの美術大学で学び、現在もニューヨークを拠点に活動しているアーティストです。

彼の作品の多くは、1975年から1990年におこった「レバノン内戦」をテーマに制作されています。


最も有名な作品に「The Atlas Group」(アトラス財団)というシリーズがあります。

 

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アトラスという財団が、レバノンの歴史や戦争が、文化、特にアートに与えた影響などを調査し、その膨大な資料を作品として展示したシリーズです。

ただ、これ、全部嘘なんです。

アトラス財団などという組織はなく、ワリッドさんの頭の中で作られた物語です。

フィクション!

 

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背景が複雑で、すごくよくできているのでむちゃくちゃおもしろいんですが。

おおざっぱに言うと、一貫して示されていることは、戦争が起きると文化が衰退するということ。

破壊活動が続くと、文化が逃げ出すよって言っておられます。

ワリッドさんの中では、文化は個別の意思と人格を持った「法人」のような存在としてとらえられていることです。

 

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戦争によって失われていくものは、人命や、建物などのかたちあるものだけではなく、「機会」や「表現」など、概念としてしか存在しないものも破壊されていることが、この作品を見るとわかります。

いや、見ただけじゃわからないかな。

「Power 100」にランクインするだけのことはあって、政治色が強く、見る方も一筋縄ではいかない作品です。


現実に起こったことを、ありのまま伝えることは必要なことです。

ただ、美術は、目に見えないものや、見えにくいものを伝えるための方法です。


現実に起きていることの1歩奥。

見えにくい現実を表現するために、フィクションでアプローチしているのです。