チェルシーの女王【1日1品】
今日はジュリアン・シュナーベルにします。
80年代のニューヨークを代表するアーティスト。
THE わけわからん現代アートって感じの人です。
ジャン・ミシェル=バスキアの伝記映画「バスキア」を撮影した監督と言えば、「ああ!」と思う人もいるかも。
ジュリアン・シュナーベルは、ニューヨークにあふれている売れないアーティストのひとりでした。
だから、絵を描きつつも、レストランで皿洗いのアルバイトをしながら、なんとか生きていました。
そのレストランに、ひとりのお客さんが訪れます。
後に「チェルシー(ニューヨークのギャラリー街)の女王」と言われるメアリー・ブーンです。
トップの写真の女性(若い頃)です。
ここからは半分妄想でお届けします。
その日のメアリー・ブーンは、特別おいしくも、まずくもない夕食を食べながら考え事をしていました。
このチェルシーという街で、どうやったら自分が勝ち残っていけるのか。
若いメアリーは堅実な野心家です。
考えることの中心は、いつでも仕事(アート)のこと。
眉間にしわを寄せながら支払いを済ませて、店を出ようとすると、店主が呼びとめてきました。
「いつもありがとうございます。うちの店を気に入っていただけてうれしいです」
「ええ。こちらこそいつもありがとう」
と、メアリーは答えましたが、嘘です。
特にこの店を気に入っているわけでもなく、職場と家の間にたまたまこのレストランがあるため、他の選択肢を考えることが面倒な時は何も考えずに来ているだけです。
正直、店の名前もうろ覚えです。
愛想笑いをして帰路につこうとすると、また店主が喋りはじめました。
「そういえば、あなたは有名なギャラリーのオーナーらしいですね。実は、うちのスタッフに絵を描いている者がいて、よかったら彼の絵を見てやってくれませんか。ほら、あそこで皿を洗っている男です」
メアリーが厨房の奥を覗くと、よれよれのエプロンをかけて皿洗いしている男と目が合いました。
「機会があればぜひ」
社交辞令で答え、今度こそ帰路につくことができました。
翌日、メアリーが自分のギャラリーに到着し、スタッフとミーティングをしていると、唐突に扉を叩く音が聞こえました。
あまりにも強く扉を叩くので、なにごとかと思い急いで見に行くと、昨日のレストランで皿洗いをしていた男が、大きな絵を布に包んで立っていました。
「昨日、うちの店長から聞いて、絵を持ってきたんですが」
メアリーは驚き、そしてあまりにも非常識なことに頭に血が上ってきました。
怒鳴って追い返そうかと思い、「あなたね」と言いかけた時に、何かがひっかかりました。
自分でもよくわからないのですが、この、小汚いおどおどとした青年の目の奥を覗くと、彼の絵に少しだけ興味がわくのです。
「わかったわ。でも、少しだけよ。こういったことは、本当は困るのだから」
彼をギャラリーの中に入れて、絵を見せるようにうながしました。
ボロボロの布から現れた絵を見て、メアリーは絶句します。
そこには、描いたというよりは、こすりつけたと言った方がいいほど、荒々しい筆跡で絵の具がちりばめられ、かろうじて人間が描かれていることが分かる程度の、極端に粗暴な絵が現れました。
なにより驚いたのは、その中心に描かれた人間の周囲には、割れた「皿」が何枚も貼り付けられているのです。
メアリーは絶句し、瞬時に理解しました。
「この絵があれば、この人の絵があれば、私はチェルシーの女王になれる」
その後、メアリーの綿密な計画のもとで、ジュリアン・シュナーベルは美術界のスターダムを駆け上がり、メアリーは女王になっていったのです。
天才は、天才を知るという話。