くま美術史

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追悼。ハッサン・シャリフについて【1日1品】

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偉大な方でした。


美術は、リレーのように3万6000年ぐらい(少なくとも)続いています。

たくさんの人が自分の時代を反映した作品をつくることで、美術は少しづつ変化し、パスされ、つながっていった歴史があります。

すごいのは、世界中、どの時代にも、誰かが「役に立たない余分なもの」を作っていたということです。

この異常な情熱に支えられて、今の美術はあります。

感謝感謝。


もちろん、今の時代のプレイヤーも、異常な情熱を持った人ばかり。

むしろ、今の時代だからこそ、情熱は加速している気がします。


先日、9月18日にひとりのアーティストが亡くなりました。

名前は Hassan Sharif(ハッサン・シャリフ)。

彼の情熱はすさまじく、彼がつくりパスをした美術の「バトン」は、次の時代において本当に重要な意味をもってきます。


シャリフさんは、1951年に今のUAEで生まれました。

はじめは新聞や雑誌に、似顔絵や風刺画を描く仕事から。

その後、本格的なアートを学ぶため、ロンドンに渡ります。


そして中東に帰り、ドバイを拠点に製作をし、世界的な評価を得ていきます。

自分の作品だけでなく、他のアーティストのプロデュースや、教育、展示の企画、アラブで美術協会の設立など、中東の古典的な美術と、グローバルな現代美術をつなげる活動をし続けました。

今、ドバイを中心に、現代美術はとてつもない人気となっています。

西洋の作品が競って購入される一方で、そこにチャンスを見出した中東出身の若いアーティストが、あまり語られることのなかった中東の文化や歴史を、イスラム教や紛争の文脈をテーマにしながら発表し、世界中から注目を集めています。

比喩なしに、ハッサン・シャリフがいなければ、中東と西洋の文化的な接点は、ほとんど生まれていなかったと思います。

もちろん現状では、お互いが完璧に文化を共有できてはいません。

しかし、シャリフがもたらしたものは、確実に根付きはじめているし、これは歓迎されるべき状況です。


今日は真剣なトーンで通します。


「自国の文化」を守るため「外の文化」を混ぜない方がいい。

という意見をごくごくたまに耳にする気がします。

これは完全な間違いです。

例えば、子どもを、家の外に出さず、外の情報を与えず家庭内の教育だけで大人になるまで育てらた、アイデンティティが確立できるでしょうか。

絶対無理。

学校や、仕事や、本や、新聞、インターネットの刺激があって、はじめて人は他人との差を認識し「自分」っていうものを見つけてきます。

友達に影響されて、コピーバンドとかに手を出すようなことが、なんか大事なんです。


ハッサン・シャリフは、違うところの文化を持ってきて、ミックスして、あらためて今の時代に中東の文化ってなんなのかを、プレゼンテーションしたんです。

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本日の1品は「Coir and Cotton Rope」。

やはり気合が入っていますわ。

とにかく繰り返し繰り返し同じ作業を続けるというスタイルで作られた作品。

UAEの急速な発展に抗議する意味があるそうです。


一方では西洋の最先端の文化を輸入し、一方では発展に危機感を表す。

行き過ぎた保守も、行き過ぎた発展も、同じように視野が狭まります。

もう一度、きちんと周りを見ましょうって、いうことかな。


シャリフさん、ご冥福をお祈りします。