くま美術史

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彫刻家のコンプレックスを刺激するもの【1日1品】

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建築家はずるい。


われわれ彫刻家は声を大にしていいたい。

建築家はずるいです!


彫刻って、いろいろな美術の中でも「かっこいい」と言われることが多いんです。

というか、かっこいいんです。


肉体を使って、むちゃくちゃ重くて硬いもののかたちをゴリゴリと変化させる姿は猛々しさの極致です。

彫刻家は、石がどれほど硬いのか、鉄がどれほど硬いのかを競い合って生きています。

木はじゃっかん柔らかいですが、あれはあれで尊敬されます。


さらに、彫刻の仲間たちのあいだでは、とにかく大きくて重いものを作るやつほど、なんかかっこいいやつという認識です。

大は小を兼ねまくる。

すくなくとも彫刻業界ではそれが絶対のルールとして君臨しているのです。


ただ、気づいてしまう瞬間があります。

ものすごく頑張って、大きなものを作って「さぁ、展示だ!」というその瞬間。

ギャラリーに搬入すると、あたりまえですが、ギャラリーの建物の方が大きくて重いんです。

なんだか、言いようのない無力感に襲われます。


俺たちは井の中の蛙だったのか。


彫刻とは、カタルシスとコンプレックスの芸術です。

建築物に対して、言いようのないコンプレックスを抱えながら、日々を過ごしているのです。


そんな彫刻業界の中で、異端とも言える芸術家がいます。

彼の名前は Pedro Reyes(ペドロ・レイエス)。

彼の経歴にはこうあります。

”ペドロは建築を学んだ後に、彫刻、パフォーマンス、映像など、いくつかのメディアをミックスした大規模なプロジェクトで社会問題を表現している”


嫉妬の嵐。


とにかく、彼のプロジェクトは規模が大きいんです。

素材が大きいとか、重いとか、そんなアホらしいことではなく、スケールが大きい。

われわれが、石は重いとか、鉄は硬いとか、意味わかんないこと言っている間に、彼は建築を勉強し、真の意味でスケールの大きなことをやっているわけです。


本日の1品は「Palas por Pistolas」

日本語に訳すと「銃のショベル」

ショベルがギャラリーに並んでいる作品です。

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これの何がスケールが大きいのかというと。

この作品は、メキシコの小さな銃取引を、抑制する目的で行われました。


これらのシャベル、もともとは「銃」でした。

まず、テレビ広告や、ラジオを使って、銃とクーポン券や家電製品を交換することを発表。

街中から銃を集めます。

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集められた銃は、粉砕され、ドロドロに溶かされ、シャベルに再加工。

ぜんぶで1527本のシャベルが作られたそうです。


そのシャベルを学校や公的機関に配布し、1572本の木を植えてもらうというプロジェクトです。

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これって、普通だったらひとりの芸術家がやるようなものではなく、行政が主導して行う類のものです。

スケールがとても大きい!


これを成し得たのは、彼が、建築を学んだことと大いに関係があると思います。

建築は、基本的に大規模プロジェクトなので、地方行政や、国家事業レベルの仕事が多くあります。

自然、ペドロさんが通常思い描くスケール感も、そのレベル。

交渉力も、実行力も、巻き込み力も、彼はひとりの芸術家の枠から大きく飛躍しているのです。


彼はこの作品をとおしてこんなことを言っています。

「死の代理人は、命の代理人に変わることができる」


立派!