くま美術史

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1セント銅貨でつくられた自由の女神【1日1品】

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自己表現で飯は食えない。


それはその通りで、いきなり知らん奴に「これが本当の僕だよ」って言われたら、引きますよね。

関心を持っていない人間の内側なんて、ちょっと気持ちわるいです。


でも、彼の自己表現は、多くの人に絶賛されています。

彼という人間の本質を知らなければいけない。

そう思わせるアーティストがいます。


名前は Danh Vo(ヤン・ヴォー)。

1971年、戦時下の南ベトナムホーチミンにほど近いバリアという町で生まれます。

1972年のアメリカ撤退後も、南ベトナムではサイゴン政権と解放戦線の戦闘が続き、彼が4歳になる1975年にようやく終結。

ヴォーの一家は、敗戦側の住人となり、逃げるようにベトナムを離れます。


本当に逃げるように。

飛行機ではなく、舟で。それも、彼の父親が手作りした舟で海へ出ました。

DIY親父。

沈没しそうになっていたところを、たまたま助けてくれたのがデンマークの船。

そのままデンマークへ渡り、一家はデンマークの人となります。

 

ヴォーはその後、ドイツのStädelschule(高専的なところ)に行き、デンマークの美術学校を卒業後、ニューヨークやパリのレジデンス(アーティストが奨学金をもらい滞在制作する場所)で作品をつくっていきます。


すさまじい人生。

この経験が、ヴォーの作品の軸となります。


それだけに、ヴォーの作品は、自己表現でありながら、戦争の歴史そのものを表現しています。

それが個人にとって幸か不幸かは、わかりません。

ただ、当事者でしか表現できない「すごみ」がヴォーの作品にはあり、多くの人を惹きつけています。


本日の1品は「We the People」

これは、30トン分の「ペニー(1セント銅貨)」でできた「自由の女神像」です。

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ただ、本物の自由の女神のように、立っている人型の像ではなく、パーツごとにバラバラに作られ、組み立てられることななく、国をまたいだいろいろな場所に設置されています。


この作品は、民主主義を形成する上で、私たち個人の役割をあらわしています。

大きな自由は、われわれひとりひとりが集団となることで成しえると。


圧倒的です。

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なぜ彼は「美術」を選んだんでしょう。

同じ体験を、文章で伝えることもできたと思います。

それはそれで読んでみたいですが、彼はそうせず、美術作品というかたちで伝えています。

 

おそらく、いくつかの国をまたいだ経験が、言葉によらないコミュニケーションをしたいという意識をつくったのだと思います。

また、戦争で壊れゆくものが記憶の根底にあり、だからこそものをつくるということに引き寄せられたこともあると思います。

なにより、楽しかったんだと思います。

自由につくることのできる社会が。