くま美術史

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想像力の戦争【1日1品】

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よすぎた。

ちょっとよすぎたよこれは。

「国立近代美術館」で開催中の「トーマス・ルフ展」。

ひさしぶりに鳥肌立ちました。


ルフは、ドイツの写真家です。

写真と言えばドイツ、ドイツと言えば写真です。

ベルント&ヒラ・ベッヒャーにはじまり、アンドレアス・グルスキー、トーマス・ストゥルース、そしてヴォルフガング・ティルマンスと、すごすぎるメンバーが揃っています。


ただ、ルフは多くの人が想像する「写真家」とはちょっと違います。

彼は、あんまり写真を撮りません。

今回の展示も、ルフが自分で撮った写真は半分以下じゃ無いでしょうか。


写真を撮らずに何しているの? というと。

彼は、「写真とは何か」もしくは「ものの持つイメージってなに?」ということを考えて、それをかたちにしています。

どういうことかというと、例えばこの作品。

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タイトルは「nudes yv16」

これは、インターネットに転がっていたポルノ画像を、わざとピントがずれたように加工して、大きく荒く引き延ばしています。

ギリギリ、金髪のトップレスの女の人かなぁという程度。

もうちょっと荒くしちゃったら、肌色の抽象画みたいになると思います。


これは、インターネットに裸の写真をあげるってことの問題点をうまいことずらして、私たちが普段「なにを問題だと思っているか」を作品にしているのです。

逆に言えば、「なにに興奮しているか」ということです。

 

インターネットに裸の画像を載せることは、一般的には「ダメ」な行為です。

むやみに、人の欲望を駆り立ててはいけませんということです。

多くの人は「誰かの裸」を見ると、興奮してしまうのです。

誰でもいいわけではありません。

いや、誰でもいいっちゃいいんだけど…

誰でもいいなりに「誰か」でなければいけないのです。

だから、アダルトビデオの制作会社は、女優さんに演技をさせて、ストーリーとシュチュエーションを必死でつけているのです。

そこにいる対象が「誰か」になるように。


この作品は、拾ってきた画像を荒くし「nudes yv16」というタイトルをつけることで、誰の裸かわからないぎりぎりの状態にしています。

ふつう、写真に写っているはずの「ストーリー」を完璧になくし、ただの「記号」にしてしまっているのです。

もしタイトルが、「誘惑するジェニー」だったら、画像は荒くてもストーリーが生まれてしまいます。

また、ルフさんが自分で撮ってしまったら、モデルとルフさんの関係が想像でき、ストーリーが生まれてしまいます。

自分で撮らないことが、すごく大事なのです。


つまり、ルフさんが言いたいのはこういうことです。

「多くの人が、インターネットのポルノを見る時に、その画像を見ているわけではなく、その裏にある別のイメージを見ているんだ」

これを、うまーく、しかも美しく出しているのが、この作品なのです。

 

人間の想像力の裏をかいた作品。


他の作品もぜんぶこんな調子。

建物でも、人でも、宇宙でも。

この人が作品にすると、本来の意味が失われ、新しい問いかけをしてくるのです。


ただ、この作品も、将来的には無価値になってしまうかもしれない。

もし、かの有名なソフト◯ンデマンド様が「ピンボケAVシリーズ」を作ったら。

ピンボケで、声も機械音のように加工をし、ストーリーなしでいきなり本番だけのAVをつくったら。

この作品のもつ意味は、霧散してしまうでしょう。


ソフト◯ンデマンド様ならばやりかねない。

そして、日本人の特殊性癖ホルダーだったら受け入れかねない。

恐ろしい。

これは、想像力の戦争である。

繰り返す。

これは、想像力の、戦争である。