くま美術史

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ポンポンの白熊の話をしたい【1日1品】

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友達としゃべっていたら、フランソワ・ポンポンの話になりました。

 

薄暗いカフェの中で、

「ポンポンは最高」

「パリの美術館に何万点とある作品の中でも、オルセーの「白熊」が1番いい」

「ポンポンがいてくれたから今がある」

「すべての善良なものを集めるとポンポンになる」

など、ポンポン原理主義とでも言うべきあやしい会話を繰り広げていました。


ですので、もちろん本日の1品は「白熊」です。

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François Pompon(フランソワ・ポンポン)は、1855年にブルゴーニュで生まれたアーティストです。

印象派や、ロダンなどとだいたい同じぐらいの時期を生きた人ですが、その時代に数多く生まれた圧倒的な才能とキャラクターのあるアーティストたちの中では、極めて凡庸な人でした。

出だしは墓石を彫る職人。

その傍らで美術学校の夜間学部に通い、アーティストとしてのデビューを目指します。

24歳の頃に、「レ・ミゼラブル」の「コゼット」の彫刻をつくり、念願のアーティストデビュー。

しかし、その後、彼の名前は消え失せます。

どうやら、自分の作品はつくらず、別のアーティストのアシスタントなどをして生計をたてていたようなんです。

理由は、結婚をしたから。

生活を安定させるために、自分の表現でなく人のアシスタントをする。

なんという真っ当な思考。

ポンポンの名前がふたたび美術史に出てくるのは、1917年、63歳の年。

ゆっくりと作りつづけていた動物の彫刻シリーズのうちのひとつ「山鳩」が美術館に購入され、人気を集めます。


その後、67歳になって「白熊」をつくります。

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信じられないほど遅咲きのアーティスト。

おそらく彼にはエキセントリックな才能はなかったと思います。

人並みにもって生まれたものを、大事に大事に育てた結果、フランソワ・ポンポンという素晴らしいアーティストが誕生したのです。

ですが、ポンポンの作品は「苦労話」ではなく、「長い道中でしたが、なかなか愉快でした」という爽やかさに満ちており、時代も性別も人種もライフスタイルも超えて、愛されまくっています。


ポンポン、最高だよ。