悪役の魅力について【1日1品】
美術品って高すぎる
先日のびじゅツアーで、参加者の方々から最も多く出た質問は「どうして美術はこんなに高いの?」ってことでした。
確かに高い。
最近は高すぎて、話題のアーティストは美術館の予算での購入が難しくなってきています。
美術品なのに、美術館が買えないってすごいですよね。
基本的に美術品の値段は以下の条件で変動します。
・誰がつくったのか
・いつつくったのか
・アーティストの、どのシリーズに属するのか
・作品のサイズ
・どこで展示されたことがあるのか
・どこのギャラリーが売っているのか
・誰が所有していたのか
・他に誰が買ったのか
・過去のオークションの成績
ざっとこんな感じです。
けっこう複雑な要素が組み合わさって値段が決定します。
でも1番大事なのは、つけられた価格で買う人がいるかどうか。
どんな値段でも、つけるのは自由です。
どれほど無名なアーティストでも、1億円で売り出され、誰かが「買う!」といえば、その作品は1億円で売られます。
そりゃそうです。
逆に、誰も買わなければ、ピカソの絵だってどんどん価格は下がります。
世界中の人が、ピカソの絵なんて絶対にいらない! といえば、タダで配られるでしょう。
美術の値段が高いのは、その値段でも買う人がいるからということにつきます。
つまり、超市場原理主義。
経済の大原則そのままです。
買う人がいれば高くなり、いなければ下がる。
本日のアーティストは、Adrian Ghenie(エイドリアン・ゲーニー)。
1977年にルーマニアで生まれ、現在はルーマニア、ロンドン、ベルリンなど、ヨーロッパを中心に活動しています。
彼は、若手アーティストの中でも、最も商業的に成功しているひとりです。
いやー、売れるんですわ。
少し前のオークションでは、作品の価格が£400,000〜£600,000(5,200万円〜7,800万円:1£=130円)で取引されていました。
2014年には、ある作品が£1,426,000(1億8,538万円)で落札され、かなり話題になりました。
本日の1品はこの作品。
タイトルは「The fake Rothko」。
これです。
うん。
わけわかんないですよね。
でも、ここまでお金を出してもこの絵が欲しい! そう思わせている理由が、ちゃんとあるんです。
まず、ゲーニーはとてつもなく絵が上手いです。
もう、技術的にはミケランジェロや、ダ・ヴィンチなどのレベルにいると思います。
彼より上手い作家となると、ピカソか、ルーベンスぐらいじゃないかと思います。
ここまでごちゃごちゃした絵なのに、ソファや人物はパンッ!!ときめまくっています。
すさまじい画力。
言い過ぎかなぁ。でも、上手い。
これがひとつ。
もうひとつは、マーク・ロスコという抽象画の巨匠がいます。
伝説的なアーティストです。
マークロスコの作品たち。
現時点で、このマーク・ロスコの絵は、ものすごく高いです。
数億円で買えれば運がいい。
最高価格は2012年時点での美術オークション最高価格8,690万$(約69億5000万円)でした。
で、ゲーニーの絵ですが、
タイトルからもわかるとおり、この絵はマーク・ロスコへのオマージュが込められています。
画面中央、男性の頭の奥には、ロスコの絵が置かれています。
この、むちゃくちゃ人気もあり、作品が高額で売れるマーク・ロスコの絵に向かって、ゲーニーはゲロを吐きかけたのです。
失礼。
ロスコさんにむかって、お戻しになった胃の内容物を、コーティングされたのです。
彼のスタイルはいつもこうです。
権威の象徴となり、高額な価格で金持ちのおもちゃにされている巨匠の作品を、痛烈に批判するのです。
これがウケるんです。
ゲーニーは、惜しみない努力で、現代最高ともいえる技術を手にした人間です。
その技術を手に入れるため、きっと、過去の巨匠たちの作品から、たくさんのことを学んできたはずです。
にもかかわらず、作品では痛烈に批判する。
実はこれ、マーク・ロスコへの批判ではなく、それを賛辞したり購入したりしている人間への批判です。
人の手で作り出されたものに、何十億円などというふざけた価格をつけ、取引されているというアートマーケットは、誰の目から見ても狂っています。
それでも、作品の価格は毎年上がり続けています。
そこを、強烈に批判したのです。
なんというか、プロレス的。
ヒールなキャラクターが、かえって人気を呼ぶような構図。
美術品を買っている購入者たちは、これが自分たちへの批判だとわかっているけれど、気持ちいいらしい。
ある意味、プロレスのヒール的な姿勢が、西洋の美術コレクターの金持ちにグサッと刺さったのです。
美術は、見えないものや見えにくいものを、見えるようにする方法です。
彼は、作品を作ることと、その作品を売ることを通して、現代のアートマーケットの狂気を見えるようにしているのです。
作る方も売る方も買う方も、いろいろな種類の変態の集まり。
それがアートです。