くま美術史

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必要なのは、安心して暮らせる場所【1日1品】

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お魚大好き。

なぜか昨年の末ぐらいから築地市場に行く機会が増えています。


いやぁ、あれですね。

こんな始まり方すると、やっぱり書きにくい(笑)


もちろん新聞や雑誌ではなく、ただの個人ブログなのだから好き放題言いたい放題書けばいいんですが、社会問題のようなことに言及するのってちょっとためらいがあります。

批判だけしてもしようがないし、かといって誰かを擁護したいわけでもない。

築地で言えば、いつもおいしいお魚をベリベリーセンキュー! これからもプリーズ安全でおいしいお魚!ってだけなんですが、まさに渦中の問題に突っ込むってのは二の足を踏みがちです。

私がそう思うのは、問題に対しての自分の意見をスマートに言えないからだと思います。


批判したいわけでもないんだけど、多くの問題に対して口を開くとまずは批判の言葉から始まってしまう。

言葉って「呪」だなと、高校生のころに夢枕獏の「陰陽師」を読んで思ったのを思い出しました。


だから、私は美術が好きなんです。

美術は、言葉から始まらないコミュニケーションです。


社会問題も、アーティストの手にかかると、まったく姿を変え、とてもすんなりと理解できることがあります。

その方面ですばらしいアーティストのひとりにMel Chin(メル・チン)がいます。

彼は、1951年にアメリカで生まれたアーティストで、社会全体で共有すべき大きな問題に対して、独特なセンスある切り口の作品をつくっています。

名前からすると中国系ですかね?

 

本日の1品はメル・チンの「Safehouse」(隠れ家)です。

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白い、一般的な家に、不釣り合いな大きな扉がついています。

見たことないですが、銀行の金庫についているような扉です。


これは、アメリカのニューオリンズの土壌が、鉛で汚染され、それに対するケアが不十分な状況に対してつくられた作品です。

なんでも、ハリケーン・カトリーナ以降に、ニューオリンズの土壌を調べてみると、明らかに鉛の濃度が上がっていたそうです。

で、これを解決するためにはとりあえず300万ドルほど必要だったようなのですが、この地域は非常に貧しく対応が遅れていました。


その問題を表現するため、メル・チンは丈夫なドアのついた「隠れ家」をつくり、家の中に子どもたちが描いたニセの「100ドル札」を300万ドル分張り付けました。

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まず、ビジュアルがかっこいい。

そして、わかりやすい。

「必要なのは、安心して暮らせる場所です」というわかりやすいメッセージが、むちゃくちゃかっこいい方法でかたちになっています。

なんてスマートな表現なんだとほれぼれ。


ただ、ひとつ問題が。

この作品、予定ではずっと残しておくはずでしたが、家の強度が足りずに扉が支えられなくなったため、扉を撤去し、ただの丸い穴の空いた家になってしまったそうです。

悲しかったそうです。

ここまでいろいろ考えている方なのに、最後は強度が足りなくて扉がつかないって。

おっちょこちょいなのかな。