くま美術史

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ハーブ&ドロシー【1日1品】

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「ハーブ&ドロシー」という映画を見ました。

すごく素敵な夫婦のドキュメンタリー。


こんな映画です。

ハーバート(ハーブ)・ヴォーゲルは、郵便局員として働いていました。

ドロシー・ヴォーゲル(女性)は、公立図書館の司書として働いていました。

2人はニューヨークで出会い、結婚し、共に暮らしはじめます。

月給で生活する、つつましい暮らしです。

どこにでもいる、普通の夫婦です。


しかし、この夫婦は「現代美術を収集」するという、少し変わった趣味を持っていました。

そのため、生活費のほとんどは、妻のドロシーの給与でまかない、ハーブの給与はすべて美術品を買うことに使われました。


夫婦の作品の選び方はとても単純。

売れていないアーティストを訪ね、話を聞いて、アパートの壁に飾れるサイズの小さな作品をその場で直接購入します。

そのため、完成した作品ではなく、制作途中の設計図や、ドローイングなどを購入することもしばしば。


数十年に渡り購入し続けた作品は、4,000点以上。

小さなアパートが、美術作品でぎっしり埋まってしまうほどの量です。

さらに驚くことに、ほとんど無名の作家で構成されたコレクションでしたが、年月が経つうちに、制作した作家が大成し、歴史的に重要な意味を持つようになったものがいくつもあります。


おそらく、すべて売却すれば数十億円(私の予想)。

数万円で購入し、数百万円程度の価値になったものもあると思います。


ただ、夫婦はそのコレクションのほとんどを美術館に寄付しました。

この「ヴォーゲル・コレクション」のうち、最も多くの作品を所蔵するのが、ワシントンにある「ナショナル・ギャラリー」。

アメリカの国立美術館で、歴史的に重要な作品を、永久に所蔵し、保存と公開(入館料は無料)することが目的です。

コレクションの中には、レオナルド・ダ・ヴィンチや、ゴッホなど、巨匠が名を連ねます。

もちろん、美術品を持っているから引き取ってくださいと言って、引き取ってくれるような美術館ではありません。

夫婦が、自分たちの死後のことを考えた時に、最良の道を探していた際に、ナショナル・ギャラリーのキュレーターがアパートを訪れ、保存を決定したそうです。


その際に、寄付とはいえ、若干の謝礼が支払われたそうです。

そのお金も、新しい美術品へと姿を変えました。

クレイジー。

情熱大陸を見ていても、これほどの情熱はめったにありません。


お金を儲けるためや、有名な美術館に所蔵させるために集めたわけではありません。

「アーティストが有名になるかどうかなんて、どうでもよかった」とハーブさんは語っています。

ただの愛。

結果として、ナショナル・ギャラリーに永久収蔵され、夫婦の名が歴史に残り続けることになっただけです。


でも、それも夫婦にとってはどうでもよく、アパートで、大好きな作品たちと暮らした時間が、なによりの宝なのだと思います。

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本日の1品は、ヴォーゲル・コレクションの中でも重要な作家「ソル・ルウィット」の「Wall Drawing #118」

アメリカの「Dia:Beacon」という特殊な美術館に置かれた、線だけで構成された絵です。

線を引いただけ。

ソル・ルウィットの作品は、だいたいこんな感じ。


こんな作品を、郵便局員のおじさんが、購入する。

愛としか言いようがない。